「肩肘はっているスーツではなくて パートナーにやさしいものがベース」 MR PORTER PAPERBACK 日本語版スペシャルインタビュー#4 / スタイルある男たちのスタイルはどうつくられたのか?

松尾健成

 MR PORTER日本語版発刊スペシャルインタビュー。今回はメンズラインKMとレディースラインKENSEI MATSUOのデザイナーとして活躍する松尾健成さん。麹町にあるKMLファッションハウスというアトリエは、ときおりお客さんが訪れて静かな時間が流れる。仕立てのよいシャツからは想像できないが、パンクミュージックから洋服づくりに興味を持ったという。そして、人間味があふれるラテンミュージックも好きだという。反骨精神と情熱が伝わる服づくりを支えるセンスのルーツはなんだろうか。さっそく、話を聞いてみよう。

 松尾健成さんは女性の服飾を中心にメンズの服も手がけるデザイナーである。かつては番町と並ぶ山の手のひとつで緑多き優雅な佇まいの住宅街を思わせる閑静なオフィス街でもある麹町にKMLファッションハウスのアトリエはある。南にはホテルニューオータニがある紀尾井町が近い。
 松尾氏いわく、紀尾井町はかつてあった紀州徳川家、尾張徳川家、彦根井伊家の中屋敷から各家の頭文字から由来しているとのこと。だからなのか、そんな歴史の重さを感じる御三家屋敷の近くにあたる細長いマンションの一室からはまばゆい緑が見えて都会のど真ん中とは思えないほどいい空気が流れる。

 もともとは多くのメゾンが紀尾井町にはあったんですよ。ゆっくりと買い物する空気だったんですよね。そういった意味も込めてKMLファッションハウスは数をいっぱい売るのではなく、落ち着いてコツコツやっていくんだったらこういう場所がいいんじゃないかとなったんですね。近くに緑もあるし、ゆっくり自分たちのペースで仕事ができるのです。もちろん売上は必要ですが、トレンドを売っているお店ではないので、洋服は何年も着ていただけるようにという思いでやっています。

 女性の服はシンプルであってもセオリーがないから自由に遊びが入れられますね。ほかにメンズでジーンズ、シャツ、スーツまで既製服でもテーラーな仕上がりでつくっています。つくりのコンセプトは肩肘はっているスーツではなくて「パートナーにやさしいもの」「快適で美しいもの」がベース。そばにいるだれかと引き立てあうような、いいバランスが取れるような服づくりを目指していますね。

 デザインは子どもの頃の感情や生活環境や出会った人、食べているもの、すべてにおいて変わってくると思うんですよ。もちろん服をつくる際のテクニックは大事かもしれないけど「なんか赤が好きなんだよな」とか「今日はブルーな気分だな」とかそういう直感みたいなものなんですよ。持って生まれて出会ったものが結局その人のスタイルになっているってことですね。

 関係ないかもしれませんが、幼い頃の生活環境でいうと父は旅館の跡継ぎ息子で自由だったんですね。つねにヨーロッパに旅行へ行っては道楽でスクーターはベスパ、バイクはBMW R75に乗っていましたね。よくエンジンの話をしていたり、フランスでエスカルゴの缶詰を大量に買ってきて家でガンガン食べていましたね。楊子をクルっとして「食べる?」とカジュアルに言われたけど、いらないって答えていました(笑)。そこにも影響を受けているかもしれません。

「不完全だけど惹かれる。パンクミュージックも音は複雑ではないけれど、スピリットがかっこいいじゃんっていう感覚」

 ぼくの場合、洋服に目覚めたのはパンクミュージックなんです。小学6年生かな。2歳上の兄が聞いていたのがきっかけです。
 大分県日田市という町で生まれ育ったんですが、九州はロックやパンクバンドがすごく多くて中学になるとサッカーをやらない日は、福岡へバスで1時間かけてライブハウスへ行ったり、レコード屋さん行ったり、洋服屋さんを探したりしていましたね。ビビアン(・ウェストウッド)やセディショナリーズの存在すら知らなかったですし、知っていても買える金額ではない。それにメジャーなものはかっこ良くないとどこかで思っていたし(いまはメジャーなものは素晴らしいと思っています笑)、自分なりに遊びたいから500円くらいの古着を自分たちでカスタマイズしたりしていました。そこから洋服っておもしろいと思ったかもしれないですね。
 同時にサッカーもどっぷりやっていて、好きなチームはマラドーナがいたアルゼンチン。ハングリーな感情をむき出しにするところが好きだったですね。サッカーにもオシャレなプレーって存在するんです(笑)。
 それで、18歳のときに服に興味があって専門学校に行くため上京しましたが、デザイナーになりたいっていうのははっきりとはなかったですね。洋服が好きだけど音楽から入っているんでどっちかといったらちゃらんぽらんなほう。まじめに洋服を勉強してないというよりデザインは学べないもので、だれにでもチャンスはあるし、違うものがつくれると思っていました。
 だから20代はパンク、ヘビーメタル、レゲエ、ラテン音楽にどっぷり。なかでもラテン音楽。太陽が当たっているシーンや夜よりも昼が好き、ラテンの人ってどんなときもすごく笑っている。そんなハッピーなところが好きでたまらない。人生を思いっきり楽しんでいるところがいいですよね。

 人がものをつくることって言葉にできない感覚だと思うんです。そうやってファッションも音楽も生まれるんじゃないかな。わからないけどなにか惹かれる部分ってあるじゃないですか。パンクやレゲエも不完全だからこそ超かっこいいという感覚。スピリットが大事なんだと思う。
 たとえばボブ・マーリーは命をかけて音楽をやって社会現象になり、国が動くような感じ。ぐっと来ちゃうなにかがあると思うんですよ。

「電気が走る服」

 洋服でいうとエレガントだけどなんか不良だよねという服ですね。単にきれいでおりこうさんのドレスで終わっていない。値が高いということじゃなくて、出す雰囲気というか、堂々とした美しさというのかな。その人の個性をサポートする品格が服だと思っている。ビビッとくる音楽のように、そしてヴァレンティノのドレスのように、見た瞬間にあっと思っていただけるデザイン、太陽を感じるもの。

 影響を受けたヴァレンティノ・ガラヴァーニ、オスカー・デ・ラ・レンタは、豪華のなかに不良感もあってただお金持ちのリッチという幅から越えているんですよね。
「ヴァレンティノの服を着たときにモデルはレディになる」といったジャーナリストがいましたが、レディが着たらモードになり、不良っぽいエレガンスが出る。スタイルある服は普通の人でも一気にレディに変える魅力があるんです。

 ファッションってそこだと思う。
 TPOに応じてベストなチョイスができる人って素敵だと思いますね。生地や縫製が高いからじゃなく、デザインを買うんです。どこのブランドだから選ぶんではなく、できあがったステータスを買うのではなく、その人が着たらこうなるという「ダイナミックさが服にはある」んです。心を解放し、ポジティブになって、ワクワクする。そんな気持ちがあがる服をつくっていきたいですね。

 松尾氏と語るとパンク、ラテン音楽と、南米のサッカーチームが好きという本来人間が持つべき情熱や人生を楽しむスタイルを提示してくれる。最後にどうしたら、10代や20代とは違う大人の情熱をキープして生きていけたらよいのか秘訣を聞いてみた。

 家族がハッピーであることを第一に考えて外に出る、音楽を聞いて子どもと毎日おふろに入ることを日常としています。海やプールが好きで、短いパンツでヘススカノヴァスをはいて過ごしたり、好きな食器を使って食事をしたり、食では添加物は摂らないように心がけ、デトックスしてきれいな身体を保つようにしていますね。

 食は大事。マインドや性格が変わりますよ。色彩や洋服をきれいに見せてくれる。ケミカルな食事はネガティブになるし、太陽にあたることは免疫力をあげる。さらに太陽にあたったものを食べるとポジティブでいられる。食は毎日をつくり、感情(スピリット)をつくるんだと考えています。

 こういう時代になりデザイナーの重要性を感じています。売れるだけの洋服であればデザイナーなんていらなくて、データを分析してAIにやらせておけばいい話。多分、確実に売れる洋服になると思います。でもぼくは子供の頃からデザイナーやアーティストになにを感じていたかというと、まさにスピリット。そのデザイナーがつくる際にインスパイアされた結晶のようなものが着る側の想いと一緒になり、着たときに電気が走った感覚になる。
 それは絶対にAIにはできないこと。絶対にね。サンローランやディオールもコピーやデータ分析から生まれた服ではないですから。実際、本人たちはいなくても洋服は生き続けていますよね。

 おしゃれになりたい、かっこよくなりたいってどんな人にもチャンスがあるし、平等に楽しめるはず。ぼくは女の人や男の人が単純にかっこよくなってほしい。それがぼくの服作りです。
http://www.kenseimatsuo.jp/

ヘススカノヴァスは、やわらかい1枚皮のスリッポン。ラテンのトップ歌手フリオ・イグレシアスがはいているシューズで年間100足オーダーしてはきつぶすぐらい便利なシューズ。タキシードでもカジュアルでも対応かつ旅行の際にはぐちゃとして持ち運び可能。

まつお・けんせい●1976年生まれ。ファッションデザイナー。2008年よりフリーランスデザイナーとして、メンズラインVAMP、2014年よりKML ファッションハウスというアトリエでKENSEI MATSUOとしてウィメンズの洋服デザイン、製作、販売を行う。エレガントで女性らしい、デザインが特徴。ほか、KMメンズウェアもLA HAVANA、シャツ、水着も展開。アトリエでは、好きが高じて、スペイン発シューズブランド ”Jesus Canovas(ヘススカノヴァス)”の正規総輸入代理店でもある。

書影
THE MR PORTER PAPERBACK
THE MANUAL FOR A STYLISH LIFE VOLUME ONE

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