Nov 25,2012 UPDATE
Big Loveに新しい家族が加わりました。
チワワのAlexです。正式にはAlexander。
強い子になるように。
小さい頃住んでいたギリシャの、アレキサンダー大王が由来です。
5ヶ月になりました。
かなり長文ですが、犬を飼うこと。いのちについて。ほんの少し気持ちの整理がついたので書きます。
これから生き物を飼おうと考えている方や、ペットが高齢になって来た方に読んでいただけたら嬉しいです。
今年の8月9日に、皆さんに可愛がっていただいた、同じくチワワのててが亡くなりました。
脳腫瘍でした。
元々からだもそんなに丈夫ではなく、1年程前から左前足が不自由になってしまったのですが
2kgしかないててに、手術やMRI(全身麻酔をかけなくてはいけない)やお薬を使いたくありませんでした。
2011年の度重なる地震で、かなりのストレスも受けていたようでした。
その時は脳腫瘍の疑いではなかったので、漢方と鍼治療で完治を目指していました。
本人も、前と変わらず家族とのんびり生活していました。
ところが、今年に入っても回復せず、意識が混濁する瞬間が見て取れました。脳腫瘍かも知れない、そちらの治療に変えて行こうと話してた最中...
5月下旬に体調が急変したのです。
4本の足すべてが不自由になり、おしっこやうんちも漏らすようになりました。
それでもご飯は変わらずに食べるし、大好きなサッカーボールのおもちゃをピューピュー鳴らすと嬉しそうな顔をします。
でも、まだ6月なのに、暑そうにはーはー息をするようになりました。
鼻も、ずっと乾いています。鼻の湿り具合が健康のバロメーターです。
節電の暑い夏、越えてくれるだろうかと身震いしました。
家のクーラーがとても古い物だったので、自腹で買い替えました。
ててが少しでも快適に過ごせるように。悪い埃や空気を吸わないように。
良いと聞いたサプリを試したり、犬がリラックスできるCDもかけました。
しかしある晩、夜鳴きが始まりました。
一晩中、抱いていてあげないと吠えるようになりました。
母と交代での介護生活が始まりました。
約2ヶ月。家族全員が「もうすぐなんだ」と頭ではわかっていたけど
ててが死ぬなんて。考えたくもないこと。
だから介護は永久に続くと思っていました。
昼夜が逆転した母は、本当に大変だったと思います。
みんな、自分の予定は返上して看病しました。
そして、8月のある朝、てての呼吸が変わったのに気付きました。
苦しそうに、口で息をしています。
わたしは一つのことを確信しました。
主治医の先生に電話するとタクシーで10分の距離なのに「もう体力がないから、ここへ連れて来るのはかわいそうです」と言われ、苦手な自転車で急いで漢方と、アドバイスをもらいに行きました。先生は、直接的には言わないけれど、
「最期に食欲が出ることもあります」「入院させるより、家にいさせてあげてください」
と、その日がとても近いことを教えてくれました。配慮に感謝しています。
自宅で出来るすべてやろう。決めました。
でも、次の日には真っ黄色な鼻水が出始めました。
あまりに苦しそうで、窒息してしまうのではと慌てて薬局で買った赤ちゃん用の吸引器で何度も何度も吸いました。
そして、酸素カプセルが届く予定だった次の朝、てての枕元には血を吐いたあとがありました。
「また後でね、頑張るんだよ、大好きだよ、ありがとうね」
そう言って頭をぽんぽんして会社へ行き...
午後16時頃母から着信がありました。
出なくてもわかりました。
「春ちゃん、今どこにいるの?ててが息してないの」
動転した母の声。
会社にいるに決まってるじゃない。
泣きすぎて、タクシーの運転手さんに行き先がなかなか言えず、
それでもやっと言えた。
いつか、こんな日が来る。
そんなことは知っていました。
夜、携帯を持たずに出かけ、帰宅して状況を知った父のひとこと
「ちょっと早すぎるよなあ」
酸素カプセルの中、ドライアイスとお花に囲まれたてての前で立ち尽くしていました。
あと1ヶ月で10歳のお誕生日。
9歳11ヶ月でした。
翌朝、大切な人たちが集まってくれて
総勢9名で庭に穴を掘り、ててと、てての好きな布に、思い出いっぱいのおもちゃを全部入れて、埋めました。
みんな泣いていたし、連日電話で相談を受けて下さった獣医さんも泣いてくださいました。
元スタッフの子たちも、翌日にはお花を持って来てくれたり 涙を流してくれたり。
友人たちも、同じ気持ちでいてくれました。ただそばにいてくれました。
お客さんも、お花を持って来てくれたり、みんなとても残念がってくれました。
こんな幸せな犬っているのかな?
そう思いました。
突然亡くなったわけではなく、心の準備期間はあったので思ったより大丈夫でした。
この日が来るまで、何万回も「大好きだよ」「ありがとう」を言いました。
治療も、看病も、本当に精一杯、全力でやりました。
だから、後悔が一つもなかったのです。
歳の離れた兄姉との3人兄弟の末っ子のわたしは、弟が欲しくて、ててに来てもらいました。
弟で、親友で、時には恋人のような。
宝物。
でも、ててを庭に埋葬した夜、神宮の花火を見て、
会社から帰ろうと思っても、からだがちっとも動かない。
お腹が信じられないぐらい痛くて、頭はぼーっとして...うーん、おかしいな...
そのまま救急車に乗り、気が付くと大きな点滴が腕に刺さっていました。
ショックによる急性胃腸炎と、介護疲れと、泣きすぎで脱水症状になっていました。
そういえば、タオルハンカチが涙でびしょびしょになっていました。
全然大丈夫じゃないじゃん
前から、ててがいつか死んでしまったら、きっとまた犬を飼うだろう
そう思っていました。
趣味もないし、楽しいなと思えることの少ないわたしを
必ず笑顔にしてくれるのは犬だけだからです。
でもいざ本当にその状況になると、そんなことは全く考えられませんでした。
あらゆることが混ざり合って、疲れきっていました。
立ち止まりたかった。
でも、わたしをわたしより理解してくれている家族が
すぐチワワを見に行こう、と救急病院からの帰りに言いました。
正直に言うと、ててが亡くなってから10月中旬くらいまで、自分がどうやって過ごしていたのかほぼ記憶がありません。笑
振り返ってみれば、ペットロスの状態ですね。
ブリーダーさんのところからやって来た小さなアレックスは、9月2日に家族の一員になりました。
今、11月下旬になり、ようやく自分が平常運転に戻った気がします。
アレックスがいなければ、きっと来年まで持ち越していたでしょう。
ペットが亡くなって、すぐに新しい子を迎える飼い主を批判する人がいます。
「前の子が浮かばれない」
「物みたいに取っ替え引っ替えしてる」
実際に言われました。
ペットを飼ったことのない人にはなかなかわからないけど、
みんな性格も癖も違います。だからそもそも代わりにはならないのです。
言葉というのは、潜在的な自分の思考を露呈するものでもあるので
きっとその人はペットをかばうフリをしてその程度の存在としか思っていないのでしょうが...
そんなわたし自身にも、迷いがありました。ムツゴロウさんもすぐ飼いなさいって言ってるけどさ...
どうなんだろう?
でも、家族が言ってくれました。
「すぐに新しい子に来てもらわなくちゃいけないぐらい、ててを愛してたんだよ。」
と。
そうかー、そうだよなあー
納得しました。
今もててを心の底から愛しています。
アレックスのことも、愛しています。
でもやっぱりまだ、ててと過ごした10年間にはとうてい及びません。
大学生だった21歳から31歳。わたしの人生にも、たくさんのことがありました。
初めて犬を飼ったわたしたち家族には至らないところがありすぎて、
ててに悪いことをしたなと反省した期間、
それから誰よりも愛せたと自負できる期間。
変わらずにてては愛し続けてくれました。いつもちょこんとそばにいてくれました。
わたしの10年の、節目節目に、必ずててがいます。
だからこれから、ててを愛したぐらいアレックスを愛せるのだと思うと
希望が湧きます。
必ず、訪れる別れの日はとても怖いです。
今日かもしれない。明日かもしれない。平均寿命なんて関係ない。
死はすぐそこにあるのだと、ててが教えてくれました。
だから今日、今、精一杯愛します。
ててを亡くして、何気なく言われたけれど、とても傷ついた言葉がありました。
「チワワなら15年は生きられるのに」
「普通はもっと長生きでしょ」
これ、数人に気軽に言われました。耳を疑ったけど...
それは、そんなことは飼い主が一番良くわかっていること。すごく気にしているのに。
どうして敢えて言うのかな?
だから、周りにペットを亡くした人がいたら、これは絶対に言わないでほしい。
「頑張ったね!」
そう言ってあげてください。
それだけで十分です。
そしてもう一つ、自分自身にも勉強になることがありました。
てては左前足が不自由だったので、3本の足で歩いていました。
びっこを引いている姿を見ると99%の人が
「かわいそう」
と言います。
それは励ましでも同情ですらなくただの「感想」です。
てても、わたしも、自分たちが「かわいそう」だと思って生きていません。
受け入れて生きているのに。
でもそんな中、たった一人だけ違う言葉をかけてくれた人がいました。
いつも公園で古本を選別しているホームレスの方なのですが、
「頑張って偉いねえ」
と言ってくれたのです。
その時ほど嬉しかったことはありませんでした。
自分の感想を言うんじゃない。
褒める。励ます。
相手を喜ばせる。
そのために言葉はあるんだ。
身にしみました。
今日も、バカみたいに「てては幸せだったかなあ」って再確認してしまう自分がいます。
後悔はないはずなのに。
そうすると、みんなが「てては幸せだったよ!」と教えてくれます。
亡くなる前の晩、もう抱っこも辛いのはわかっていたけど
どうしても外に連れて行ってあげたくて、夜中庭に出ました。
当たり前に一緒に見ていた星空。
「綺麗だねえ」
ててに言うと、力を振り絞って口にペロっとしてくれました。
きっとててもわかっていたんだと思います。
てての亡骸は、毛もつやつやでふわふわで、痩せていなくて、お顔も可愛いままでした。
弱い痛み止めは使いましたが、鍼と漢方で良かったなと思いました。
でも、最期の日々のてては、見ていられないぐらい辛そうだった。
何度も何度も「もういいよ。もう頑張らなくていいよ。」そう思いました。
アメリカで犬の安楽死は選択肢に含まれているのが、理解出来た気がします。
生と死には答えがないし、そして人は他人の生と死にはいかに無責任でいられるのか
それにも気付きました。だから心ない言葉をかけるんです。
てての死は、とにかくすべてが「リアル」でわたしにたくさんのことを教えてくれました...
もっと、生きることを大切に、言葉を大切にしなくてはいけない。
思い知らされました。
アレックスが、皆さんに笑顔と愛と幸せをもたらしてくれるように
大切に育てて行きます。
まだ甘えん坊の育ち盛りですが、お店にいたら可愛がってあげてください。
そして、ててを知る方は、時々思い出話など一緒にしてくださったら嬉しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
Oct 19,2012 UPDATE
キャロラインはとにかくかわいらしい、乙女。
プロ意識がとても高くて日本語のヴィデオ・メッセージはわたしに何回も発音を聞いて
何度も読む練習をしていた。
ファン・グリーティングも、彼女がやりたいと言ってくれました。
日本に着いてすぐ、店に来て翌日のライヴの準備をしている間
WILD NOTHINGとかJESSIE WAREとかJULIA HOLTERとかNITE JEWELがかかると
歌ったり、ハモったり(!)。奥で家庭教師中のマルとノエルちゃんはそれを聞きながら
勉強するという贅沢な時間を過ごしていました。
海外では大きな会場でライヴをする彼ら。
とても謙虚というか、日本での現状を理解して、その中で最大限楽しんで、
パフォーマンスして、取材を受けていた。
インターネット・ラジオ出演は、当日なぜか一人だけ撮影が入ったキャロラインは来られず、
パトリックがインタヴューを受けてくれました。
機材トラブルが続いて...続いて...続いて...
みんな待ちぼうけ。
でも怒らずに
こんな感じで待っていてくれました。申し訳ない&感謝。
ラジオ聞いてください!
最後に、万国共通で可愛い子はみんな好き。
今日もブログ読んでくださってありがとうございます!
明日も素敵な一日でありますように。

BIGLOVE HARUKA
東京原宿の輸入セレクトレコードショップです。UK, US, EUのインディペンデント・ロック及びダンス・ミュージックをレコードとカセット・テープそして少しCDといった感じでセレクトし揃えしています。またインディペンデント・レーベルBIG LOVEを運営しており、これまでにBIG PINK, SALEM, COLD CAVE, ARIEL PINKなどをリリースしてます。


